老人介護のエピソード
(13) お金の事件もある
親父は昔人だから何かにあった時には、「金の力が必要だから、いつも手元にある程度のものは持っておけ!」と言うのが口癖で、自らもそれを実行していた。
私もその教訓を守り、親父の生存中は夫婦でいつでも帰郷できる旅費を用意していたものである。いまは地震に備えて僅かばかりだが、500円硬貨を大量に準備し緊急費用として屋外に隠して(埋めて)ある。
初めて脳梗塞で入院した時に、病室で持ち物の確認をしておくようにと看護師の指示があった。ベッド傍のテレビ台兼小物入れの引き出しには、親父の持ち込んだもの一つとして財布があった。自分で治療費を支払うつもりで予め用意したらしい。息子に迷惑をかけまいという親心だったのか?
中を検(あらた)めると、分厚い札束があり数えてみると107万余り。こんな大金は不要だし危険だと諫(いさし)めたが、頑固な親父は「引き出しに入れちょけ(入れておけ」」の一点張りで聞き入れない。仕方なく金額だけ確認する旨を承諾してもらい、紫陽花と一緒に2度数え心配であったが元に戻しておいた。
3か月の入院期間が終わりリハビリテーション棟に移る際、治療費の請求書が手渡されたので親父に告げると、「あの金から支払ろうちょけや」と言う。必要額を分けた後、残りを確認すると5万円足りない!
入院中に必要な費用はすべて私が出していたし、時折財布の存在は確認していたもののその中身までは調べなかったので気づかなかったのである。親父は全く手を付けていないとのことだった。このころは認知症の症状はなかったし、頭も冴えていた。
この事件は患者側の不手際によるものであり、病院にとっては迷惑な話なので何も報告はしなかった。それに犯人も多数の人が出入りする病院のこと、犯人も内部の者か外部の者か警察でも入らない限り調べようもない。
被害が少なくて幸いだが、それにしても、犯人は何故もっと盗らなかったかのか謎が残る。盗りたいが患者に憐れみを感じたのか、少しならバレないだろうという軽い気持ちで犯行に及んだのだろうか?
以来、親父は5万円以上を財布に入れることはなくなった。実家の押入れに隠してある金庫の鍵も自ら私に預けた。と言っても、当時最大に入っているときでも800万円だった。いまは家・土地の権利証が眠るだけで現金は入れていない。1人では持てない重さで、しかも4桁のダイヤルを合わせるのも面倒で使っておれない。泥棒が入って苦労してこじ開けても、さぞがっかりすることだろう。
ショートステイの病院では、財布は見つけたら即没収、事務室の金庫に直行する仕組みになっている。院内の売店で欲しいものを買うときは、介護士が手続きをして持ち出し、僅か数十円でもレーシートが添えられて帰ってくる。
紙パンツが災いの元に・・・