朝から素晴らしく良い天気で真夏日に近い状態である。工程の遅れを取り戻すため8時にはチェックアウト、天候の悪さなどで前日の予定を変えて大正解であった。観光地の駐車場に一番乗り、早朝で人影は殆どない。千二百年来の紀三井寺の名の由来ともなった三井水は、今も絶えることなく湧き出しており、この由緒ある三井水は、吉祥水・清浄水・楊柳水として、環境庁が発表した「名水百選」に選ばれているほどである。
境内の納骨堂にある高さ11mを超える日本最大の木造千手十一面観世音菩薩は、新しいこともあり総漆金箔張仕上げには目を見張るものがある。
菩薩のお顔付近にある展望台から和歌山市内を望む景色は最高、なんと眺めのよいことか!
不老橋は、当時片男波松原にあった東照宮御旅所の移築に際して紀州藩10代藩主であった徳川治宝の命により完成した江戸時代には珍しいアーチ型の石橋であった。
東照宮はどこも似たようなものだが、共通しているのは派手な権現造り、甚五郎の彫刻、長い急な石段であろう。老齢化して健脚でない方はそう気軽に参拝はできないだろう。健脚の highdy グループは、一般参拝者の1.5倍くらいの速さで登り降りする。
紅葉渓(もみじだに)公園は、紀州藩祖徳川頼宣が造営したとされる江戸初期の庭園で、自然の起伏を巧みに利用した城内北側の西の丸庭園であったようだが、季節的にまだ紅葉は色づき始めた程度であった。
和歌山城内に入ると、相変わらず中国人グループが騒いでいた。中国語が思い出せなかったので、英語で「写真をお撮りしましょか?」と話しかけてみると、個人的にはとても礼儀正しいきれいな英語の対応で、それなりの立派な教育レベルを持つ人らしいと判断できた。

根来寺は思ったより立派なお寺で、忍者から想像していた過去の知識とは違うことが解った。 根来塗は、古くは根来寺の僧徒が制作していた簡潔で機能的な形に特色があり,実用に耐えるように工夫された漆塗りの仏具や日常の食器類である。飛騨の春慶塗とはひと味違った趣がある。一方で、忍者も仕事がないときは食えないので、内職的にいろんな仕事をして暮らしていたと推察される。(下は根来寺の一部)

さて、順調に進んでいた工程だが真田庵のすぐ近くに道の駅があり、15分予定より早く着いたので女性2人が覗いてみたいと要望、OKを出したのが失敗。さすがに和歌山で初日のホテルでマグロやジュースがメチャメチャ美味しかったが、ここではミカンと柿が凄く安い、やはり本場である。だが、女性群はまたしても土産物をあさり始め、柿羊羹やミカンの加工品を買い占め(?)ている。そんなわけで、またしても高野山では金剛峰寺のみとなり、日暮れにより壇上伽藍は翌日廻しになった。

宿坊「福智院」は、高野山でも天然唯一温泉のあり、且つ最大の宿坊で200名泊まれるそうである。二種類の温泉と三つの庭園を楽しむことができる。畳の温泉というのも日本各地にあるが、ここのものは詳しく見ると、どうやら簀(すの子の上にビニール製の(ちゃんと縁もある)畳を敷いたものであった。
宿坊だから当然精進料理である。酒やビールは飲むことはできるが、メニューはオール大豆加工品、生湯葉、豆腐、がんもどき、油揚げ、海藻と大豆の煮物など、卵や肉・魚など生臭いものは一切なし。野菜も高いので殆どなし。かなり苦労の様子がうかがえるが、何日も耐えることはできない。若い修行僧やボランティアの若い女性従業員などは外泊時に肉や魚を食べているそうだ。 (宿坊関連写真は下のフォトギャラリーで)
(↑ このスライドは拡大して見ることもできます。)

















































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